アンチベンチマーク
Posted on 8月 20th, 2007 by admin
パソコンのベンチマークというものが嫌いだ。
他のマシンと比較して速いだ遅いだ比較することの根源的な意味があまりわからない。
PC雑誌のライターでも目指すならいいのだろうが。
もう物(パソコン)は目の前にあって,そして快適に使っていて,その状態で速さのスコアをはじき出して何になるというのだと思う。
やれバスクロックがいくらだから,グラボ(グラフィックボード)がアレだから速い遅いと相対比較で一喜一憂している様を見ていると,別に遅かろうがいいよ,と思うのである。それで何を生み出すか,だと思っているので。
効率のよさは,クロックの速さではなく,冷静かつタイミングよく物事を判断する人間力のほうがウェイトは大きいだろう。
そして,どの部分でPCやプログラムをどのように使うか作るかというプロジェクト設計力などなど。
必要も無いのに,ベンチマークを行って遅いと言われたら気分が良くないものだ。それまで快適に使っていたものが快適でなくなる。その心理作用がクリエイティブワークに支障を及ぼす可能性だってある。
だから,むやみにベンチマーク取りはしないほうが良い,と思うのである。
道具の善し悪しは単純な性能で数値化することに
あまり意味がないというのは同意です。
ただ、クリエイティブな事にPCを使う訳ではない
普通の人にとってはタダの箱に近い存在であって、
そうすると、やることとしてはベンチマークが
手っ取り早く出来る事になってしまうんですよね。
で、自分の前の得体の知れない箱の価値を数値で
知ることになり、その値に一喜一憂するんです。
意味ねーなー、って思うけど、否定するわけにも
行かないんですよね。わかってない人に売りつける
仕事の人もいるわけで、それは車やオーディオにも
通じる概念だったりしますよね。
自分を見失わずに、道具なんだ、と思っていれば
それでいいんじゃないかな。
コメントありがとうございます。
持論として,目的と手段は時として逆転する,ということがあります。
例としては,自動車が道具の域を超えて愛着であり目的の人がいます。それを否定はしません。また,パソコンに関しても同様です。
車が好きな人はより良い車を買うために手段としてパソコンを使いネット検索をします。パソコンが好きな人は,パソコンを買いに手段として車に乗っていきます。
それぞれに絶対的な正解はありません。常に相対的です。
まあ,そういうことです。
プログラミングを含め,クリエイティブワークを軸に置くと,やみくもなベンチマークは,創造心理にブレを生じさせる要因になりかねないと言うことです。創造できるか否かの界面上にその心理が達した場合のブレは致命的になります。創造力を中心に捉え,円の半径をリソースとするとブレの角度θが大きいほどロス面積((πr^2)/2)が大きくなるわけで,ブレを生じさせる要因を極力排除する努力は必要だと思うのです。不可抗力や失敗によるロスはある意味不可避ですが,好んでブレを生じさせる要因を作る必要は無い,と思うのです。
ベンチマークは必要とあらば行いますが,興味本位でのベンチマークは極力減らしたほうが良いと思っています。
リソース末端の移動距離たるやθrですから大変なものです。
何回θr動かされたことか・・・orz
※OS依存文字すみません。
きっと、やることないからなんだよー
生暖かく見守りつつ、自分はちゃんとしていれば良いんよ。
先日、電源とかファンとか壊れたのですが、
めずらしく一式揃え直しに至りませんでした。
電源買って、ファン買って、修理しました。
性能が事足りているからなんですけど、
未だにソロコアだし、メモリも旧式だし、
若かりし頃の自分なら、間違いなく作り直してたなぁ。
大人になったもんだ>自分